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東京高等裁判所 昭和39年(う)2534号 判決 1966年3月29日

本籍

新潟県新潟市西大山町五二番地の一六

住居

同県同市関屋田町二丁目二九二番地

無職

高井スミ

昭和三年九月一三日生

右の者に対する私文書偽造、同行使被告事件について、昭和三九年九月一八日新潟地方裁判所が言い渡した判決に対し、新潟地方検察庁検察官検事丸物彰から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検事鈴木寿一出席のうえ審理をし、次のように判決をする。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検事大平要が差し出した新潟地方検察庁検事正伊尾宏名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであり、これに対する答弁は、弁護人坂東克彦、同手塚八郎が連名で差し出した答弁書に記載してあるとおりであるから、いずれもこれを引用し、これらに対して当裁判所は、次のように判断をする。

論旨第一点について。

所論は、原判決が、公訴事実第一の被告人と原審相被告人皆川敏夫との本件共同謀議の存在を証明する唯一の証拠である原審証人皆川敏夫の原審公判廷における共同謀議の存在を肯定する供述を信憑性がないとし、被告人の原審公判廷における共同謀議の存在を否定する供述を高度の信憑性があるとして被告人を無罪としたのは、その理由の説明に合理性がなく、結局、証拠の信憑性の判断を誤つて事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

よつて、原審証人皆川敏夫の原審公判廷における共同謀議の存在を肯定する供述(以下単に皆川供述と呼ぶ)と被告人の原審公判廷における共同謀議の存在を否定する供述の各信憑性について検討するに、皆川敏夫の検察官に対する供述調書一〇通、皆川敏夫に対する大蔵事務官の質問てんまつ書、当審証人小田雄一、同服部実、同小野間敏雄、同皆川敏夫に対する当裁判所の各尋問調書、当審証人小林幹男の当公判廷における供述および原審証人皆川敏夫の原審公判廷における供述を総合すれば、皆川敏夫は、本件偽造領収書につき、昭和三八年七月二九日新潟市山ノ下古川町四四番地所在の三和機工株式会社事務所で行われた大蔵事務官の質問に対し、「外注工賃として支払つたことは真実であるが、偽名で領収書を書く者もある」旨供述していたが、同年八月九日新潟税務署で行われた大蔵事務官の質問に対し、「この領収書は誰が作つたか判らない、商工会(新潟民主商工会を指す。以下単に商工会と呼ぶ)の人が作つたものと思われる。商工会の担当者は高井という女の人である」旨供述し、次いで商工会を脱会後の同年九月上旬頃、税理士塚本弘に本件事後調査についての税務署員との折衝助力方を依頼した際、同人に対し、「右領収書は商工会の人が自分の目前で書いてくれたものである」旨説明し(そのことは当時本件事後調査に当つた大蔵事務官小野田敏雄にも伝えられている。)、その後検察官の取調を受けるや、同月二〇日には、右領収書は全然知らない。高井が税務署員の二回目の調査のとき話を聞いていて作つてくれて出してくれたものと思う」旨供述し、次いで同年一〇月一七日に至つてはじめて、高井から六〇万円位の領収書を作つて持つて来てもらいたいと言われて領収書一二枚を偽造した旨供述するに至り、爾後、原審公判廷においても右供述を維持していることが明らかであつて、共同謀議の存在を肯定する供述をするに至るまでの間に、幾度かこの点に関する供述が変転していること、皆川敏夫の原審公判廷における「高井から六〇万円位の領収書を作つて持つて来てもらいたいと云われて、領収書一二枚を偽造した」旨の供述は、原判決も詳細に説示しているように、あまりにも簡単、かつ明確を欠くものであり、また供述自体にもあいまいさがうかがわれること、皆川敏夫は、右偽造領収書と密接重要な関係にある真正に成立した領収書二二枚について、捜査段階(皆川敏夫の検察官に対する昭和三八年一〇月二七日付供述調書、記録四六九丁以下参照)においては、「これらは以前から自宅の箱の中にまとめて入れておいたものを昨年(昭和三七年を指す)五月頃事務員中沢明子に渡したところ、同女は後任者木戸レイに引き継ぎ、それから商工会の高井の方に行つたものと思うが、何時に誰が渡したのか判らない。剛に本件偽造領収書とともに持たせてやつたかどうか記憶がない」旨供述していたのに、原審公判廷では、「右偽造領収書一二枚を渡す時自宅をよく探したら出てきたので、まぜて高井に渡したと思う」旨供述していることが明らかであつて、この点に関する供述にも変更があること、皆川敏夫の供述が以上のように変転し、または変更されるに至つた事由については、ついにこれを首肯するに足る説明が得られなかつたこと、および右供述の経過からみて、皆川敏夫に、本件の刑事責任を被告人に転嫁しようとする意図が、全くなかつたとはいいきれないと認められることに徴すれば、皆川供述が果して真実を伝えるものかどうか疑いなきを得ない。そればかりではなく、記録および証拠物を精査し、かつ、当審における事実取調の結果を総合考察すれば、昭和三八年七月一一日前記三和機工株式会社事務所において行われた新潟税務署員による皆川敏夫個人の昭和三七年分所得税の確定申告の事後調査において、税務署員から右確定申告書に売上げの計上もれがあることを指摘された際、皆川敏夫が税務署員に対し申告もれの外注工賃が、三〇万円ないし三五万円位ある旨申し出たが、その際同席していた被告人が、その当時までそのことを全然知らなかつたこと、その際、被告人が税務署員に対し、右税務署員から指摘された売上げの計上もれについて被告人側で調査するにつき一週間位待つてもらいたい旨申し出て、それが認容されたこと、皆川敏夫は、同日税務署員が帰つた後、被告人から記帳もれの領収書を探すように云われ、同日帰宅後自宅において真正に成立した領収書二二枚、金額合計九九、七一四円を発見しているのに、このことを直ちに被告人に連絡して協議したと認めるに足りる何等の証跡がなく、被告人が右領収書の存在をはじめて知つたのは、その後同月一八日頃、皆川敏夫から皆川剛を介して右領収書を本件偽造領収書一二枚と共に交付された時であること、本件偽造領収書は一二枚で、その金額合計が五八〇、三〇〇円であること、被告人が、記帳を担当していた木戸レイから同女が、皆川敏夫個人の昭和三七年分所得税の確定申告後その事後調査までの間に、右確定申告書作成の資料となつた帳簿を、後に発見された請求書等によつて、昭和三七年一月から同年四月までの売上金を書き加える等して現在の帳簿(新潟地方裁判所昭和三八年押第九六号の二)にしたことをはじめて聞いたのは、同月一一日の前記事後調査に来た税務署員が帰つた後であつて、右書き変えられた帳簿には、書き変え前の帳簿より、昭和三七年一月から同年四月までの売上高合計一、六四九、九六〇円が増加しているほか支出高等もまた増加しているが、被告人が、右書き変えられた帳簿によつて売上高および経費等を算出し、本件偽造および真正に成立した領収書の支出額合計および機械、車両の減価償却費を決定し、これらを併せて所得額を算定し、皆川敏夫個人の申告所得を修正する「皆川敏夫三七年所得計算書」と題する書面(同押号の三)を作成したのは、皆川敏夫から皆川剛を介して右偽造および真正に成立した領収書を入手した後のことであつて、その以前には右書き変えられた帳簿等によつて売上高、支出高および減価償却費等を算出して所得額を算定したと認めるに足る何等の証跡がないこと、被告人が、当初にした本件所得税の確定申告には、所得税を不正に免れる行為に出たとみられる何等の証跡もないこと、被告人が右所得税の確定申告手続をしたことにつき極く僅かな手数料を受取つたほかは何等の名義をもつても金品等の報酬を受けていないこと竝びに他に本件領収書の偽造を共同謀議するような特段の事由もないこと、および本件領収書の偽造が発覚した後、被告人と皆川敏夫との間に何等の事後対策についての協議もなされていないことが認められるが、経理、税理の専門家である被告人としては、当初本件所得税の確定申告をするに当つては所得税を免れるために何等の不正の行為に出ていないのに、当然税務署員による領収書の作成名義人につき照合が予想される事後調査において、多額の報酬をもらうとか、その他特段の事由があればともかく、そのようなこともないのに、自分にも刑事責任が及ぶ本件領収書偽造の共同謀議を敢てするということ、およびもし被告人が皆川敏夫との間に本件領収書偽造の共同謀議をしているとすれば、偽造が発覚するにおいては同人との間に何等かの事後対策についての協議がなさるべきであるのに、このことに出ていないということは、いずれも経験則上到底考えられないことであり、また、被告人は本件所得税の確定申告における売上げの計上もれについて税務署員から一週間の調査期間を認容されたのであるから、被告人としては、その間において、記帳もれの外注工賃の内訳、その領収書の有無を確認した後、領収書の存在しないものについては如何にして再発行をしてもらうか等を皆川敏夫と検討協議するのが通常であるのに、そのような検討協議を経ることもなく、しかも本件確定申告書提出後、木戸レイによつて書き変えられた帳簿による収支計算および記帳もれの領収書の確認、減価償却費の決定等による所得額の算定もしないで、皆川敏夫の原審公判廷における供述にみられるように、いきなり領収書の偽造を慫慂するということは全くあり得よう筋合のものではなく、まして、所論が経理専門家にしてはじめて合理的に算定し得るとする六〇万円位という数額をあげて領収書の偽造をするように指示するということは、右状況の下においては、経理専門家といえども、極めて困難なことというべきであることを考慮すれば、皆川供述の信憑性についての疑は一層強くならざるを得ない。これに反して、被告人の原審公判廷における共同謀議の存在を否定する供述は、その全体を前記諸事情に照らせば、原判決が説示するように、自然、かつ合理的であるから、むしろ信用性があるものと考えられる。

所論は、皆川供述が高度の信憑性を有するものであるとして、(一)皆川敏夫の検察官に対する昭和三八年九月二〇日附供述調書中の供述の趣旨は、「本件偽造領収書一三枚の作成経過は知らない」という単に自己の刑事責任を否定するものに過ぎないものであつて、原判決が、「被告人高井スミの方で勝手に作つてくれたものである」と要約しているように、被告人にその責任を転嫁しようとの積極的意図をもつて虚偽の供述をしたものとは解せられないから、右皆川敏夫の供述の経過から皆川供述の信憑性を否定するのは誤りであると主張するけれども、皆川敏夫の捜査段階における供述の経過に徴すれば、前段認定のように、同人に、被告人に本件刑事責任を転嫁しようとする意図が全くなかつたとはいいきれないのみならず、原判決は、右事情と皆川敏夫の供述の変転とを併せても、それだけでは皆川供述は信憑性を失うものとはいえないが、その信憑性の検討は自ら慎重でなければならないと云つているに過ぎないものであつて、所論のように、この一事によつて、皆川供述の信憑性を否定すべきものと説示しているものでないことが明らかであるから、右主張は採用できない。次に、(二)皆川敏夫は、同人の検察官に対する昭和三八年一〇月一七日附供述調書において原審公判廷における供述(いわゆる皆川供述)と同一に訂正してから以後はこれを変更せず終始一貫した供述をしているから、皆川供述の真実性には疑いをさしはさむ余地がないと主張するけれども、皆川供述の信憑性に疑があることは前段説示のとおりであり、右一事によつて、右判断をくつがえし、皆川供述の信憑性に疑がないとすることはできないから、右主張は採用できない。次に、(三)原判決は、被告人と皆川敏夫との共同謀議の場所に居合せた皆川美津子および木戸レイが原審公判廷において、いずれも「本件犯行の謀議を聞いていない」旨供述し、また、木戸レイが原審公判廷において、「当日(昭和三八年七月一一日を指す)税務署員が帰つた後で皆川敏夫が『うちに帰つて領収書を探さなきやならない』と云つていたとしか聞いていない」旨供述しており、右各供述が被告人の同旨の供述を裏づける証拠と云い得るとともに、皆川供述の真実性を疑わしめるものであると説示しているが、前者は共同謀議の存在を否定する趣旨のものではなく、また、後者は昭和三八年七月一一日の出来事かどうか判然しないから、それらは、原判決が説示するように、皆川供述の真実性を疑わしめる事実とはなり得ず、かえつて、木戸レイは原審公判廷において、「皆川敏夫と被告人とが、税務署員が帰つた後、何か領収書のことを話していたようにおぼえている」旨供述しており、右供述はまさに皆川供述に添うものであり、その信憑性を高めるものであると主張しており、皆川美津子および木戸レイがいずれも「皆川敏夫と被告人とが七月一一日税務署員が帰つた後如何なる内容の会話を交したか聞いていない」旨供述していることをもつて直ちに本件共同謀議は存しないとすることができないことは所論のとおりであるが、原判決は、被告人と皆川敏夫が話し合つていた応接テーブルと皆川美津子や木戸レイの事務机の間との距離がわずかに一米半位しかなく、被告人が皆川敏夫と本件偽造について話し合つたとすれば、当然皆川美津子か木戸レイの内の一名はこれを聞き得たものと思われるのに、右両名がいずれもこれを聞いていないとすれば、一応はそのような話合いがされなかつたものと推認すべきであるとしたまでであつて、その判断は必らずしも首肯できないものではなく、また、木戸レイの原審公判廷における「当日税務署員が帰つた後、皆川敏夫が『うちへ帰つて領収書を探さなきやならない』と云つていたとしか聞いていない」旨の供述が、昭和三八年七月一一日の出来事についてのものであることは、前段認定の皆川敏夫が、同日税務署員が帰つた後被告人から記帳もれの領収書を探すように云われ、同日帰宅後自宅において真正に成立した領収書二二枚、金額合計九九、七一四円を発見したという事実に徴して明らかであるが、原判決は皆川敏夫は、右認定のように、被告人から記帳もれの領収書を探すように云われたというのであるから、同日税務署員が帰つた後、皆川敏夫がそのようなことを云うということは極めて当然であつて、木戸レイがそのような話しか聞いていないということはむしろ被告人の供述を裏付けることになる反面、被告人が皆川敏夫と本件偽造について話し合つた事実があるとすれば、領収書を探す話を聞いている木戸レイとしても当然これを聞き得たものと思われるのに、これを聞いていないとすれば、一応はそのような話合いがされなかつたものと推認すべきであるとしたまでのものであつて、右判断もまた必らずしも首肯できないものではないから、右主張は採用できない。次に、(四)本件水増計上した外注工賃約六〇万円という数額は、被告人を除いては算定できる者がいないと主張しており、皆川敏夫が経理、税務にくらく、これに反して被告人が経理専門家であることは所論の指摘するとおりであるが、前記説示のように、前段認定のような状況の下においては、経理専門家といえども、十分な計算もしないで、いきなり、所論のような、結果において合理的な所得額を算定することは極めて困難なことというべきであることを考慮すれば、この一事によつて直ちに被告人が、皆川敏夫に対して、六〇万円位に相当する領収書を偽造するように指示したと断定しがたいから、右主張は採用できない。次に、(五)皆川敏夫の原審公判廷における共同謀議に関する部分を除くその余の供述部分は原審において取り調べられた他の各証拠と個々の点において矛盾がなく全体を通じて一貫しているから、皆川供述は高度の信憑性を有するものであると主張するけれども、たとえ主帳のような事実があるとしても、その事によつて直ちに皆川供述の共同謀議に関する部分までが高度の信憑性を持つことになるものとは考えられないから、右主張は採用できない。

また、所論は、被告人の原審公判廷における本件共同謀議の存在を否定する供述が信憑性がないものであるとして、(一)被告人は、原審公判廷において、当初皆川敏夫個人の昭和三七年分所得税の確定申告書原本を代行して作成した事実を否定し、原案を作成して木戸レイに渡したに過ぎないと供述し、後に右申告書原本を展示されるに及び、はじめて自分が作成したものである旨供述を変更しているが、これは被告人が終始一貫して本件について皆川敏夫との関与の度合を間接的なもの、補足的なものにとどめようとして、重要な事項について無関係、無関心を装おうとする傾向の現われであると主張しており、被告人の供述には、本件の重要な事項についての関与の度合を間接的なもの、補足的なものにとどめようとする傾向がないとはいいきれないことは所論の指摘するとおりであるが、記録および証拠物を精査し、かつ、当審における事実取調の結果を総合すれば、被告人は、右確定申告書原本を作成して以来原審公判廷において展示されるまでの間に、これを見たと認められる証跡がなく、従つて、数多の同様な事務を取扱う被告人としては、時には原案のみを作成することもあるところから、その作成時から相当の日時が経過するにおいては、原本が示されて、それが自筆であることを確めるまでは、その原本を自ら作成したかどうかの記憶を喪失することもあり得ると考えられ、右供述の経過からだけで、被告人の原審公判廷における本件共同謀議の存在を否定する供述を信用できないものと判断するわけにはいかないから、右主張は採用できない。次に、(二)記録によれば、皆川敏夫が、税務署員に対し、外注工賃のもれがあることを申し立てたのは、昭和三八年七月一一日の第二回事後調査の時であつて、被告人もこれに立会つていた時であることが明らかであるのに、この点について、被告人は、原審公判廷において、故らに、その以前に行われた第一回の事後調査の際皆川敏夫が税務署員に対してそのような申し立てをしたことを、その後第二回の事後調査の際に、はじめて聞いたと、自己に都合のよいように供述していると主張しており、皆川敏夫が税務署員に対し、外注工賃のもれがあることを申し立てたのは、右第二回の事後調査の時であり、被告人もこれに立会つていて聞いたことは前段認定のとおりであるが、被告人は結局右第二回の事後調査の際、皆川敏夫が税務署員に対して、外注工賃のもれがあることを申し立てた事実を認めているのであつて、全然このことを否定しているのならば格別であるが、皆川敏夫が税務署員に対して、そのような申し立てをした時期が、税務署員の第一回の事後調査の時であつたか、または被告人が立合つた第二回の事後調査の時であつたかによつて、特に被告人に利益または不利益をもたらすものとは考えられないから、所論のような真実と被告人の原審公判廷における供述のくいちがいをもつて、直ちに被告人が故らに自己に都合のよいような供述をしたと断定するわけにはいかない。従つて、右主張は採用できない。次に、(三)被告人は、本件皆川敏夫個人の所得税の確定申告当時、木戸レイから昭和三七年一月から四月までの売上高合計約一六〇万円を計上すべきか否かの相談を受けたにもかかわらず、原審公判廷において右事実を否定する積極的な虚偽の事実を供述していると主張するけれども、記録および証拠物を精査し、かつ、当審における事実取調の結果を総合しても、右主張事実を認めるに足る証拠がなく、また、木戸レイは、昭和三七年七月下旬三和機械株式会社(右会社と皆川敏夫個人経営の事業が合併されて三和機工株式会社となる)に入社後、前任者中沢明子において右三和機械株式会社と皆川敏夫個人事業分の取引とをとり混ぜて記帳していた資料帳簿(同押号の一一)から皆川敏夫個人事業分の取引を抜き書きして前記書き換え前の帳簿を作成したのであるが、それには、右昭和三七年一月から四月分までの売上高合計約一六〇万円は、三和機械株式会社の取引であつて、皆川敏夫個人事業分の取引ではないとして記入しなかつたことが認められるから、木戸レイが被告人に対し所論のような相談をする筋合でないことが明らかである。従つて、右主張は採用できない。次に、(四)被告人は、原審公判廷において、本件皆川敏夫個人の昭和三七年分所得税の確定申告をするに当り、その所得を計算した際、昭和三七年一月から四月までの分の経費については組合費とか人件費など判つていたものは計算に入れたと述べているが、その事実はなく五月分以降しか計算していなかつたことが明らかであり、また、給料の中に含まれていた皆川敏夫個人分を店主勘定に振替えて減算したと述べているが、右減算の事実もなく、昭和三八年七月一九日税務署に提出した「皆川敏夫昭和三七年所得計算書」において、はじめてその修正処理がなされているから、被告人の右各供述は虚偽であると主張するけれども、皆川敏夫個人の給料分を店主勘定に振替えることは経理、税理処理上当然のことであるところから、その処理をしたと思い違うということもあり得ることであり、また、本件皆川敏夫個人の所得税の確定申告およびその修正処理の時から原審公判廷における供述時までは相当の日時を経過しているので記憶の薄らぐということもあり得ることであり、そのため、被告人も、所論の供述においては、断定的な言葉ではなく、「、、、思います」という言葉を使用しているものと考えられることからすれば、所論の被告人の原審公判廷における各供述は必ずしも虚偽であると断定しさることもできないから、右主張は採用できない。

従つて、本件共同謀議の存在を証明する唯一の証拠である皆川供述が十分信用できないものである以上、被告人に対する公訴事実第一の点は、犯罪の証明がないということに帰するから、右と同趣旨に出た原判決の事実認定は正当として認容すべきである。されば、論旨は理由がない。

論旨第二点について。

所論は、原判決が、公訴事実第二の被告人と皆川剛との共同謀議の存在を証明する唯一の証拠である原審証人皆川剛の原審公判廷における共同謀議の存在を肯定する供述を信憑性がないものとし、被告人の原審公判廷における共同謀議の存在を否定する供述を信憑性があるものとして被告人を無罪としたのは、証拠判断を誤つて事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

よつて、原審証人皆川剛の原審公判廷における共同謀議の存在を肯定する供述と被告人の原審公判廷における共同謀議の存在を否定する供述の各信憑性について検討するに、記録および証拠物を精査し、かつ、当審における事実取調の結果を総合すれば、被告人は、昭和三八年七月一八日頃、商工会事務所で、皆川剛から、さきに被告人において皆川敏夫に届けるように指示しておいた、木戸レイによつて書き変えられた帳簿(同押号の二)および皆川敏夫が探し出すか、または偽造した領収書を受取り、右帳簿および領収書によつて売上高その他の収入額および支出高を算出し、さらに機械、車両の減価償却費を決定し、それらを計算してはじめて皆川敏夫個人の昭和三七年分の修正所得額を算定したものであり、なお、受取つた領収書はその時はじめて見るものであり、かつ、書き変えられた帳簿の収支額も正確には判つておらず、また、右減価償却費も決定していなかつたことが認められるが、原審証人皆川剛の原審公判廷における供述は、同人が商工会事務所入口附近において外出先から帰つて来た被告人に対し持参した領収書を手渡したところ、被告人は、そこにあつた丸テーブルで右領収書の金額をソロバンで合算したうえ、もう一枚二六、〇〇〇円位のものがあつてもいいんじやないかと云つたので、便箋とペンと印鑑を借りて、同人が吉田次男名義で二六、〇〇〇円の領収書一枚を作つたというのであつて、所得額が前記認定のような経過を経てはじめて算定されたものであり、かつ、被告人には、届けられた領収書がその時はじめて見るものであり、また届けられた帳簿の収支額も正確には判つていなかつたとすれば、右供述のように、その場でたやすく算定し得がたいものであることを考慮すれば、右供述はにわかに信用し難いものであるばかりでなく、記録によれば、皆川剛は、検察官の取調べに対し、当初昭和三八年一〇月九日には、右吉田次男名義の二六、〇〇〇円の領収書も、他の偽造領収書一二枚と同時に、皆川敏夫の指示に基き、皆川剛と皆川美津子が作成したもので、これを他の偽造領収書一二枚と一緒に商工会事務所に持参して同会の女子事務員(被告人以外の者を指す)に手渡したと供述していたのに、同月一七日以後の取調では前記共同謀議の存在を肯定する原審公判廷における供述と同趣旨の供述に変更されたことおよび右供述の変更につき首肯するに足る事由の説明がされていないことが認められ、これと原判決が詳細に説示している各事情を併せて考察すれば、皆川剛の原審公判廷における共同謀議の存在を肯定する供述の信憑性についての疑は一層強まるのに対比し、被告人の原審公判廷における共同謀議の存在を否定する供述は、その全体を前記諸事情に照らせば、原判決が説示するように、特に疑をさしはさむ余地がなく、むしろ信用できるものと考えられる。

所論は、皆川剛の原審公判廷における共同謀議の存在を肯定する供述の信憑性の判断は、皆川供述の信憑性の判断とは運命をともにすべきものでなく、別個独立してなさるべきであると主張しており、原判決が、右供述の信憑性を認めるためには、その前提の一として、被告人と皆川敏夫との間に六〇万円位の領収書を偽造することについての謀議が成立していることが必要であると説示していることは所論の指摘するとおりであるが、原判決は、右謀議の成立が右供述の信憑性を認めるために論理的に必要欠くことのできない前提要件であるとしたわけではなく、単に右謀議の成立が認められない本件においては、被告人が更に二万六千円の領収書を必要とした何らかの特別の事情が認められないかぎり、右供述の信憑性が認められないと説示したに過ぎないものと思われ、右判断は必らずしも首肯できないわけではなく、原判決の右判断を非難することは当らないと考えられるから、右主張は採用できない。次に、所論は、当時の事情からすれば、二六、〇〇〇円の領収書を追加作成する必要があつたと主張するけれども、前記認定のように、被告人が、所得額をその場でたやすく算定することが困難な事情にあつたことに所論が指摘する、被告人が、経理、税理処理上当然所得から控除される見越事業税を看過したことを併せ考察すれば、被告人が所論のような課税所得の減額工作をしたとは認め難いから、右主張は採用できない。次に、所論は、二つの理由を挙げて被告人が適正な所得計算をしようとの意図がなかつたと主張するけれども、記録および証拠物を精査し、かつ、当審における事実取調の結果を検討しても、これらの事実を認めるに足る証拠がないから、右主張は採用できない。

従つて、本件共同謀議の存在を証明する唯一の証拠である皆川剛の原審公判廷における供述が信用できないものである以上、被告人に対する公訴事実第二の点は、犯罪の証明がないということに帰するから、右と同趣旨に出た原判決の事実認定は正当として認容すべきものである。されば、論旨は理由がない。

論旨第三点について。

所論は、原判決は、被告人に対し本件私文書偽造罪が成立せず、かつ、本件各偽造領収書につき事前に偽造文書であることを認識していたことを証明すべき証拠がないとして偽造私文書行使罪についても無罪であると認定したが、本件私文書偽造罪の共同謀議の点はすべて立証されるから、当然に本件領収書が偽造されたものであることについても被告人に認識があつたことが立証されるので、その行使罪についても立証が十分であり、従つて、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

よつて案ずるに、前段説示のように、被告人に対する本件私文書偽造罪についてはその証明がないから、被告人に対する右私文書偽造罪の成立を前提として被告人に対する同行使罪も成立するとの所論の主張は採用のかぎりでないが、本件のような所得税の確定申告についての事後調査の際、皆川敏夫のような小規模な個人企業の場合において、枚数が三五枚、金額の合計が七〇六、〇一四円というような大量の領収書が忽然と出現することは極めて異例のことに属するから、特段の事情がないかぎり、これらの成立について疑念を懐くのが通常であるので、被告人について、この点を検討するに、記録および証拠物を精査し、かつ、当審における事実取調の結果を総合すれば、皆川敏夫は、経理事務に疎いうえに、取引の経理については極めて杜撰であつて、請求書、領収書等を経理係員に手交せず、これを自宅または事務所等に放つておくことが間々あり、そのため経理処理未済のものが多数あり、しかも、経理係員も必らずしも経理事務に十分習熟したとはいえない者を当てていたため、帳簿も極めて不完全なものであり、これらのことは、被告人も本件所得税の確定申告に関与したことから熟知していたこと、経理係員木戸レイが、本件所得税の確定申告後事務所において、記帳もれの請求書等を発見し、これにより、右所得税の確定申告の際に根拠帳簿となつたものに昭和三七年一月から四月までの売上げ計上もれ一、六〇〇、〇〇〇余円および経費の記帳もれ等を書き加えて帳簿の書き変えをしたが、被告人がそのことをはじめて知つたのは、昭和三八年七月一一日に行われた右所得税確定申告の第二回事後調査の際であること、記帳もれになつていたとして、皆川敏夫から被告人に届けられた領収書三五枚のうち二二枚、金額合計九九、七一四円は皆川敏夫個人の取引に関するもので、真正に成立したものであるが、本件偽造領収書一三枚は、個々の額面金額こそ右真正に成立したものに比較して相当多額であるという点を除いては、その用紙、記載の体裁等が普通皆川敏夫のような小企業者間に取り交されているものであり、かつ、右真正に成立したものと容易に識別できないものであることが認められ、右各事実に徴すれば、被告人が本件各偽造領収書を真正に成立したものと信じ、その成立に疑念をさしはさまなかつたことは一応あり得ることと認めざるを得ない。従つて、原判決が説示するように、被告人が、本件偽造領収書一三枚につき新潟税務署に提出する当時、偽造であることを認識していたことを証明すべき証拠がないことに帰するから、右と同趣旨に出た原判決の事実認定は正当として認容すべきである。されば論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条に従い、これを棄却することとし、主文のように判決をする。

(裁判長判事 河本文夫 判事 清水春三 判事 西村法)

私文書偽造同行使 高井スミ

検察官伊尾宏の控訴趣意(昭和四〇年一月 日付)

本件公訴事実の要旨は、「被告人高井スミは皆川敏夫の依頼を受けて同人のため所得税申告その他の税務相談に応じ、同人のため昭和三七年度分所得税確定申告書を作成し、所轄の新潟税務署長に提出していたものであるところ、昭和三八年七月一一日、新潟市山ノ下古川町四四番地所在三和機工株式会社事務室において、同署係官小田雄一ほか一名から右申告内容について調査を受けた際、同人より収入金額の一部が申告よりもれている事実を指摘されるや、右収入金額から差引くべき外注費を、架空人名義の領収書を偽造することにより、水増しして計上し、これを右小田雄一に提出することを企て、

第一、皆川敏夫と共謀のうえ、同日同市室町一丁目三七番地所在皆川敏夫方において、行使の目的をもつて皆川敏夫において皆川剛、同美津子をしてあらかじめ買い求めておいた市販の領収証用紙と他から借り集めた有合せの印を用い、山口正ほか一〇名作成名義の金額合計五八万三〇〇円の領収証一二枚を作成させて偽造し、

第二、翌一二日頃、同市西堀前通一一番町所在新潟民主商工会事務所において、右偽造領収証一二枚に更に附加して提出するための領収証一通を偽造しようと企て、前記皆川剛と共謀のうえ、行使の目的をもつて、即時同所において、右剛が有合せの市販の便箋一枚に、領収証と標記し、金額を「金二万六千円」、内訳を「機械修理組立代金」、作成年月日を「昭和三七年六月一六日」と記入し、その末尾に作成名義人として「新潟市山ノ下吉田次男」と記入し、その名下に有合せの「吉田」と刻んだ認印を押捺し、もつて吉田次男作成名義の金額二万六千円の領収書一枚を偽造し、

第三、皆川敏夫と共謀のうえ、被告人高井において同月一九日頃、同市上大川前通八番町一二四五番地所在新潟税務署において、自ら右領収証と別個に作成した皆川敏夫の申告所得を修正する内容の「皆川敏夫三七年所得計算書」と題する書面に前記第一、第二の偽造領収証合計一三枚(第二の偽造領収証につき皆川敏夫との共謀を除く)を他の真正な領収書に編綴して添付し、同税務署受付係岩井キミヱを介して、前記小田雄一宛に一括提出して行使し

た」というものであるところ、原審は、皆川敏夫による偽造実行の外形的事実は、ほぼ検察官主張の事実を認定しながら、私文書偽造罪については、相被告人皆川敏夫との共同謀議、偽造私文書行使罪については、犯意の各認定につき、これを証明すべき証拠がないとして無罪の言渡をしたが、右判決は以下に述べるとおり、証拠の信憑性の判断を誤つて事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響をおよぼすことが明らかであるから破棄されるべきものと考える。

第一、公訴事実第一(領収証一二枚の偽造)について

原判決の指摘するとおり本件共同謀議を証明すべき唯一の証拠は、原審相被告人皆川敏夫の供述であるが、原判決は全体として一方的に被告人の陳述を高度の信憑性あるものとし、反対に皆川敏夫の供述を信憑性のないものとしているがその理由とするところは全く合理性を欠き首肯しがたい。被告人の陳述に比べて皆川敏夫の供述の信憑性は高く評価すべきであり、同供述は同人と被告人との私文書偽造の共同謀議の認定に十分証拠となしうるものである。

一、被告人の陳述の信憑性について

原判決が被告人の陳述に高度の信憑性を認める唯一の積極的な説明は、同陳述が全体として極めて自然かつ理路整然としているということであるが、次のような個々の点で客観的事実に反する供述であり、全く信憑性のないものというべきである。

(一) 坂井政吉作成の鑑定書(記録一〇四丁以下)によると、皆川敏夫の昭和三七年分所得税確定申告書(原審昭和三八年押第九六号の一)は、被告人の筆跡であり、被告人の記入作成にかかることが明白であるが、被告人は第七回公判において、申告書の代行作成事実を否定し、原案のみを作成して木戸レイに渡したかの供述をした(記録九三六丁)。ところがのちに右申告書の原本を示されて、自分が申告書まで書いたことを認める供述をして訂正している(九五八丁裏)。これは被告人が終始一貫して本件について皆川敏夫との関与の度合を間接的なもの、補足的なものにとどめようとして重要な事項についても無関係無関心を装わうとする傾向のあつたことのあらわれである。

(二) 第二回公判における小田雄一の証言(一七八丁ないし一八〇丁、一八七丁以下)と第三回公判における皆川敏夫の証言(二九二ないし二九七丁)によれば、皆川敏夫が税務署員に対して外註工賃のもれのあることを申立てたのは、七月一一日の第二回事後調査のときであつて、被告人もこれに立会つていたときであることが明らかであるのに、この点について被告人は殊更第七回公判において「その一一日以前に税務署から調査に来たときに、申告した額と数字がだいぶ違うということを指摘されたときに皆川敏夫さんのほうからまだここに載つていない経費がいつぱいあるんだということをいつたというふうに聞いた。」(九四七丁)と自己に都合のよいように述べている。

(三) 木戸レイの証言によると同人は七月一一日の調査の際、税務署員に指摘された昭和三七年一月から四月までの分の売上約一六〇万円のもれについては、「申告当時右売上の記帳のある資料帳簿(前同押号の一一)があつたが、これに伴う経費がはつきりしないので、右売上をどうするかと高井に相談した」(一〇二〇ないし一〇二二丁)とのことであるが、被告人は「木戸さんのほうでは、それまで決つた事務所がなくて、仕事も決つた仕事がなく、売上として計上するような数字にあらわれるような商売はしていなかつたというので、ないのはしようがないということで一月から四月までの分がないと申告をした」(一〇一四丁)旨一月から四月までの約一六〇万円という多額の売上げのあつた事実を無視し、さながら売上すらなかつたかのごとき虚偽の供述をしている。

(四) 被告人は皆川敏夫のため昭和三七年分所得税確定申告をするにあたり所得計算をした際、「昭和三七年一月から四月までの分の経費については組合費とか人件費などわかつていたものは計算に入れた」と述べているが(一〇一四丁)その事実はなく、申告営業所得二〇七、〇〇〇円(前回押号一申告書)は小田雄一の昭和三八年一一月一日附検察官調書(二四九丁以下)に示されている給料九三〇、七四三円、雑費三三、一五八円などがその内訳と認められるが、この数字と元帳一八枚(前同押号の二および資料帳簿前同押号の一一)の当該勘定科目の金額とを比較対照すれば申告当時被告人は五月分以降しか計算していなかつたことが明らかである。

また被告人は右申告の際、木戸レイがまとめておいた帳簿に基き給料のなかに含まれていた皆川敏夫個人分を店主勘定に振替えて減算したと述べているが(九三五丁裏、九五四丁)、この点も前記給料の金額と前記各帳簿を対照すれば明らかなとおり、皆川個人分の給料を減算した事実はなく、ようやく申告後七月一九日に税務署に提出された「皆川敏夫昭和三七年所得計算書」(前同押号の三)において初めてこの修正処理がなされており、被告人の右供述も虚偽である。

二、皆川敏夫の供述の信憑性について

皆川敏夫の供述の信憑性について原判決はあまりにも簡単かつ明確さを欠くものがあつて供述全体からうかがえるあいまいさを考慮するとき、これをもつて共謀共同正犯者と処断すべき謀議と認定するに足る十分な証拠とはなしがたいと論難するが、供述があいまいであることは本件での他のすべての検察側証人小田雄一、皆川美津子、皆川剛、木戸レイに共通なことであり、そろつて同程度にあいまいさを有し、明確を欠ぐ供述であつて、決して理路整然とした証拠をなしていないが、このことは半年以上経過した過去の事象についての知識経験を間うものである以上、さけがたいことであつて、これをもつて信憑性がなしとすることができないことは当然である。

却つて、次のような点は皆川敏夫の供述が高度の信憑性を有することを裏付けるものである。

(一) 皆川敏夫の最初の供述は必ずしも被告人に責任を転嫁しようとしたための虚偽の供述ではない。

皆川敏夫の最初の供述(昭和三八年九月二〇日附検察官調書、四四五丁以下)の趣旨は、原判決が「被告人高井スミ方で勝手に作つてくれたものである」と要約されている点にあるのではなく、「本件一三枚の偽造領収証は見たことがなく、作成経過については知らない」と自己の刑責を否認する点にあるのであつて「高井さんのほうで書類を作つてくれたものと思います」との供述記載があるが、あいまいな表現であり、責任転嫁を積極的に意図してなされたというよりも、作成経過を知らないと述べた点を追求され、止むなくなした供述と解すべきである。

(二) 皆川敏夫の供述こそ終始一貫している。

同人は昭和三八年一〇月一七日附検察官調書(四五三丁以下)において公判証言内容と同一に訂正してからのちは、一貫してこれを変更していない。第三回公判において、弁護人の執拗な反対尋問を受けたにもかかわらず、被告人から領収証偽造を示唆された結果、自已も本件訴追を受けたことについて、弁護人に対し、「高井さんはそういつたことをよく知つているわけだからわたしにそういつたことをしてはだめだといつてくれるのが当然ではないか。」(三七五丁)「領収証がなかつたらないで、このままでやろうとなぜそういつてくれなかつた。」(三七五丁裏)と激しい憤りをぶちまけており、証言態度からうかがわれる同人の純朴さを考え合せ、皆川証言の真実性に疑いをさしはさむことはとうていできない。

(三) 共同謀議の場に居合せたと目される皆川美津子および木戸レイが犯行謀議を聞いていないことは皆川証言の信憑性にとつて重要な事実ではない。

原判決は、左両名が本件謀議についてはいずれも「わからない」または「聞いていない」旨証言していることをとらえて、本件謀議の成立についての皆川供述の真偽につき疑念を抱いているが、被告人と皆川敏夫が話し合つていた応接テーブルと、皆川美津子、木戸レイの事務机の間は一米半程度で通常の話し声は聞きうる位置にあることは明らかであるが、犯行の謀議に関することを第三者が聞きうる程度の大きさで話合つたとの証拠はない。

美津子は、概してほとんどすべての事項について記憶がない旨の証言をしており、被告人と敏夫との犯行謀議に関する会話については、「工場のほうへ行つたり来たりしていたからわからない」というだけであり、(四九七丁)、会話の存在を否定する趣旨ではない。

のみならず、判決が、木戸レイの証言として、「当日税務署員が帰つた後で皆川敏夫は『うちへ帰つて領収証を捜さなきやならない』といつていたとしか聞いていない」旨引用しているのは重大な誤りである。木戸レイは、右証言の個所では、「それが七月一一日の調査のときのことだつたか、どうかわからない。」(六一五丁裏)、「高井さんがいたかどうか記憶がない。」(六一七丁裏)と述べているのである。そしてむしろ木戸レイは別な個所で、税務署員が帰つたあとの皆川敏夫と高井との話合いについて、「署員が帰つたあと、二人が話をしていたようなことは覚えている。仕事をしていたから詳しく聞き耳は立てなかつたので、どういうことだつたかは覚えていない。何か領収証のことだつたようだ。」と証言しているのであつて、(六三八丁)これはまさしく皆川敏夫の証言に添う供述というべきである。

(四) 水増計上した外註工賃六〇万円の金額は、被告人以外には決定できる専門家がいない。

皆川敏夫は経理、税理事務にくらくこれら事務をあげて被告人または木戸レイにまかせており(二一四丁裏、二一五、二九一、三二二丁)、被告人がいかなる所得計算をしていかなる金額で確定申告していたかを全く知らなかつたことは明らかであり(二八九、二九一丁)、七月一一日の調査の際、税務署員に売上計上もれを指摘されて、被告人がこれによる修正計算をも引受けたことは被告人自身も認めているところである(九四五丁)。

皆川敏夫は売上と同時に外註工賃のもれもあり、その金額は約三五万円という見当であると考えていたのであつて(二九七丁)、仮に同人が自らの思惑によつて、右金額を超えて、六〇万円位の領収証を作成することを決めたとすると、修正計算にはその他の経費も計上するわけであるから、外註工賃を水増しした結果、最初の申告の

所得金額 二六三、〇〇〇円

所得控除額 二八九、三八八円

差引課税所得 〇

(前示確定申告書)

がどのように動いてくるかの判断(相当な課税所得があるかまたは欠損となるか)ができないはずであつて、やはり六〇万円という金額の指示は、被告人によつてはじめてなしうるというべきである。

この点からしても、総額六〇万円ぐらいにして領収証を作ることを示唆されたという皆川供述は、信用できるものといえる。

また美津子は、多くの事項にあまり明確な記憶をもつていないが、領収証作成を手伝つた時の状況について、「ある金額を少しづつわけていつていたようだ」旨証言しており(五〇〇丁)、この証言によつても作成すべき領収証の金額の総額が単なる偶然でなく、予め決定されていたことがうかがえる。

(五) 皆川敏夫の証言は他の証言とも矛盾がない。

被告人の罪責に直接関係があるのは、皆川敏夫の証言のうち、被告人との犯行謀議に関する部分だけであるが、皆川証言の信憑性は、その供述全体を他の証拠と比較検討するのでなければならない。

本件証拠の概要は、申告書、偽造領収証等証拠物のほか

申告状況につき 皆川敏夫、木戸の供述

税務署員の調査状況につき 小田雄一、皆川敏夫の供述

公訴事実第一の謀議につき 皆川敏夫の供述

右実行行為につき 皆川敏夫、剛、美津子の供述

公訴事実第二につき 皆川剛の供述

となつているが、記憶の相違による細かな点のくいちがいを除き、各証拠相互の間に矛盾はなく、例えば

六月二四日の第一回事後調査は短時間で余り内容がなかつたこと(小田一七八丁、敏夫二九一丁)

七月一一日の調査の際、売上に相当なひらきがあることが指摘されたこと(小田一八六丁、敏夫二九五丁)

修正計算のため、被告人から一週間の猶予の申出があつたこと(小田一八七丁、敏夫二九九丁)

敏夫が外註費のもれがあることを申出たこと(小田一八八丁裏、敏夫二九七丁)

同日夕刻津野鉄工所から認印を数個借用したこと(敏夫三〇二丁裏、剛五一九丁裏、認印の存在、前同押号八ないし一〇)

剛と美津子とで領収証を分担作成したこと(敏夫三〇三丁、剛五二〇丁、美津子四八八丁)

その翌日右領収証を商工会事務所へ届けたこと(敏夫三〇五、三八九丁、剛五二四丁)

一三枚目吉田次男の領収証は自宅で作成された領収証以外のものであること(敏夫三〇六丁裏、剛五二六丁)

など個々の点を通じて各証人の証言は矛盾なく一貫しており、ひいては皆川敏夫の証言が高度の信憑性を有するものというべきである。

第二、公訴事実第二(領収証一枚の偽造)について

公訴事実第二の私文書偽造の共謀の点に関する唯一の証拠である皆川剛の供述は、左のとおり信憑性を有するものである。

一、皆川剛の供述の信憑性は、皆川敏夫の供述のそれと、はなれて判断すべきものである。

原判決は、皆川剛の「高井さんがソロバンで金額をはじいて二万六千円の領収証がもう一枚位あつてもいいんじやないかといつたので高井さんから便箋、ペン、印鑑をかりて、もう一枚領収証を作つた。」旨の供述部分(五二六丁以下)の信憑性は、被告人高井スミにおいて、相被告人皆川敏夫との間に総額六〇万円の領収書を偽造することについての謀議が成立していることを前提として初めて認められるものであるとし、右の如き謀議が成立したとは認め難いこと前判示のとおりであるとして皆川剛の供述を措信し難いと判断するが、皆川剛の供述の信憑性が敏夫の供述の信憑性と運命を共にすべき理由はどこにもない。皆川剛の供述を検討すると、剛は税務署調査の際、被告人も立会つていたときに自分も居合せたかどうか記憶はなく(五一六丁)、自分が一二枚の領収証を偽造したのが税務署員が調査に来た日かどうかもはつきりせず(五四一、五七二丁裏)、敏夫の供述する総額六〇万円の領収証偽造の謀議経過については、これを知らずに敏夫に偽造するんだといわれて初めて領収証を偽造することがわかつたとの趣旨の供述であり(五四四丁)、敏夫、美津子とともに自宅で一二枚の領収証を作成しているときも「全部で六〇万円分いるんだということであつたのかどうか覚えていない」旨の供述をしており(五二四丁)、同人の供述は、原判決のいうように敏夫と被告人との間で総額六〇万円の領収証を偽造することの謀議が成立していたことを全く前提としていないのである。敏夫と被告人との間でいかなる経緯があつたかを全く知らない剛が本件二万六千円の吉田次男の領収証について独立して述べる同人の証言は極めて信憑性が高いものといわざるを得ない。

二、剛の供述は自己の記憶のみに基いた供述で信憑性がある。

剛は敏夫の娘婿の関係にあるが(五一四丁)、この一事からして剛の供述が敏夫と口裏を合せたもので敏夫の供述同様に信憑性がないとの結論を導くことはできない。むしろ右に引用したように、総額六〇万円の領収証を偽造することについては、「覚えてない。」との供述であり、また「税務署が調査に来たその日に領収証を作つた記憶がない。」などとも供述し、これらの点はいずれも敏夫の証言の中心となる点であるとともに本件における重要な事実であるが、剛は自己の記憶のないことについては、その旨明言している。

三、二万六千円の追加領収証を必要とする事情について。

原判決はまた被告人において、更に二万六千円の領収証を必要とした事情を窺うことができないからこの点からしても剛の供述をたやすく措信し難いと説示するが、原判決のように剛が被告人のもとへ持参した領収証三四枚の合計金額が六八万円を超えるから更に二万六千円の領収証を必要とする事情は窺えないとして領収証の合計金額と比較し、更にこれに付加する必要性を考えるのは完全に誤りである。要するに原判決の判断は、本件が所得計算をめぐつての根本問題にふれる事案であることを全く無視したものであるといわざるを得ない。すなわち二万六千円の領収証を追加作成するということは、所得から六八万余の領収証三四枚分の外註工賃等を差引いたうえ、更に最終所得から二万六千円を減ずることを意味するのであつて、この額だけ経費を追加することによつて、課税所得の計算にいかなる影響が生ずるかを考えなければならないのである。

被告人自身が七月一一日の調査を受けたのち修正計算して作成した前示「皆川敏夫三七年分所得計算書」(九六一丁)によると、これには三五枚の領収証分(七〇六、〇一四円)を経費に計上したうえ、差引事業所得として

利益 三〇三、八五二円

の記載がある。これに前示確定申告書記載の給与所得を加算し同申告書記載の所得控除をすると

課税所得 七〇、四〇〇円

となる(本来皆川敏夫は昭和三七年一一月に営業を廃止しているので、同年分の申告にあたつては、同年分所得に対する事業税を計算のうえ見越事業税控除をすることができるのであるが、被告人は申告書においても右修正計算書においても、これに気づいていないので、右課税所得金額はこの控除をしない金額である)。この課税所得金額は、二万六千円の領収証追加後のものであるから追加前には

課税所得 九六、四〇〇円

であり、概算税額一割とみると皆川の予定納税額九、四〇〇円とほぼ同額の税額となることが予想される。そこで更に二万六千円の領収証を追加することとすると、課税所得は前述の七万四百円となつて、所得金額において重大な差異を生ずるとともにその税額は明らかに予定納税額以下となることが明白であつて、税金を納めなくても済むことになり、剛の「高井さんがもう一枚位あつてもいいんじやないかといつた。」との証言は(五二九丁)、右の状況に即応し、きわめて自然な供述といえる。

剛自身には右のような二万六千円の金額を決定できるだけの計理的能力はなく(五三二丁)、反面被告人は所得計算に習熟しており、前示「皆川敏夫三七年所得計算書」において三〇三、八五二円の事業所得まで計算した以上、課税所得、税額の計算をすることは極めて容易なはずであり、税額について前述のようなめやすをたてたであろうと想像することは不自然ではない。

四、 要するに被告人はあくまでも適正な所得計算をしようとした意図のなかつたことは、次の諸点によつても明らかである。

1 本件の具体的事例によると、前示「皆川敏夫三七年所得計算書」は被告人の供述によると七月一九日ころ、剛が領収証を持つて来たときその場で計算記入して渡したこととされているが(九六一丁)、この書面に機械、車両の減価償却費として合計八九、二五〇円が計上されているが、この金額には全く根拠がなく、被告人が右修正計算の際使用したと認められる前示元帳一八枚によるも、なんらのこれに符合する根拠が認められず、償却過大であると認められる。

2 なお本件の捜査によつて知り得た同種事案によると、被告人は新潟民主商工会事務局員として、皆川敏夫と同様に、同会会員であつた株式会社伊藤組に関与して、経理事務を担当していたものであるが、同会社から架空増資の相談を受けた際、同会社のために外註工賃の領収証を偽造して架空外註費を計上するなどの不正な方法により、架空増資を行つた事実がある。その具体的な内容は次のとおりである。

被告人は、昭和三七年三月九日ころ、右会社社長伊藤市衛および同会社経理係佐沢栄子から三〇〇万円の架空増資の事務処理を依頼されるや、増資払込資金として会社当座預金から三〇〇万円を一時流用し、現金出納帳において、伊藤市衛ほか一一名から現金合計三〇〇万円の増資払込があつたかの如く記帳したのち、この現金出納帳の現金残と実際とを一致させるため、風間組ほか二店の売上代金の入金八五七、〇〇〇円を収入および資産に計上しないで、直接当座預金に預け入れて、帳簿上あたかも増資によつて増加した現金を当座預金に預けたように記帳し、現金出納帳の現金残を右八五七、〇〇〇円だけ減少させ、更に木了商店などの外註費として、二、一四三、〇〇〇円を架空に計上し、その代金を同年三月三一日および四月三〇日に分割して支払つたかのように記帳して現金残を減少させた。

右架空外註費二、一四三、〇〇〇円の内訳は、

木了納宛 六六三、五二〇円

不二崎商店宛 七八三、二六〇円

大谷石沢商店 一一三、六四〇円

諸橋幸雄ほか宛 五八二、六〇〇円

であつてそれぞれ当該名義、当該金額で領収証があり、領収証原本は発見できなかつたが、リコピーによる写があり、相手方について捜査したところ、いずれも相手方において当該金額を受領した事実はなく、当該領収証を発行した事実も認められず、結局偽造にかかるものと判断された。

右現金出納帳は、右佐沢が記帳しているが、増資に関連して会社が行つた巧妙なからくりは、元帳、試算表、決算書の作成はもちろん、これに対する説明すら十分できない佐沢の経理能力ではとうてい不可能であり、同人もすべて被告人が処理してくれ、領収証もまつたく知らなかつたと述べているので、領収証を偽造して架空外註費を計上するなどの不正経理はすべて被告人の所為であると断ぜざるを得ないのである。

第三、公訴事実第三について

原判決は被告人に対し、本件私文書偽造罪が成立せず、かつ本件各偽造領収証につき事前に偽造文書であることを認識していたことを証明すべき証拠がないとして偽造文書行使罪も認めないが、以上に述べたとおり各偽造について被告人と皆川敏夫および同剛との共同謀議が立証されるのである以上、当然本件領収証が偽造領収証であることについても被告人の認識が立証され、税務署へ提出した点は被告人自身も認めているので(九七二丁裏以下)、その行使罪の証明は十分であるといえよう。

叙上の各事実について、重大な事実誤認があり、この誤認は判決の主文に重大な影響を及ぼすことは明らかであつて、当然破棄せられるべきものであると思料されるので、本件控訴に及んだ次第である。

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